わたしへ

夜の公園は信じられないくらい寒くて、虫がたくさんいて、わたしの足をぷすぷす刺してくるからかゆくてかゆくて

何時間たったのかわからない。寝ていたのかただ目を閉じていただけなのかもわからない。途中、犬とひとが来たかもしれないことはおぼえている。寒くて仕方がない。なんでこんな思いをしているのか知りたい。けれど、わたしはどこかで、この寒い夜は絶好の機会だとも思っていた。得体の知れない夜が音も立てずにわたしに忍び寄るときには、わたしの頭にことばが浮かんでくる。厨二臭くて、意味不明で、ぼろぼろのことばが浮かんでくる。それらをとりこぼさないように、覚えておくように、自分に言い聞かせた。わたしには才能がないのだから、こういうときにこぼれるちいさなアイデアの欠片は、とても役に立つ。世界に穴を開けたい。フォントまで決めて頭に浮かんできた。わたしはそれを覚えた。

どこから間違っていたのか自分に問いかける。わかるわけがない。数日前のあれか、もしくはあれか、ずっと前のあれなのか、それとも、小さな頃父と母が毎日喧嘩していたあの記憶か。もっと言えば、わたしが生まれてきてしまったことか。

たたかれると痛い。蹴られても、突き飛ばされても、首を絞められても、痛い。あたりまえに痛くて、あたりまえに苦しい。わたしは痛みに慣れた子を知っている。その子みたいになりたいかと言われたら、そうではないと思う。その子もわたしも幸せになりたい。なりたかった。

父の笑顔を思い出す。わたしを見て笑う、あの気持ち悪い顔を思い出す。どれだけ必死に話しても、父は笑う。笑うしかないと言って笑う。わたしは父にいなくなってほしかった。逃げるわけでも、制裁を与えるわけでもなく、いなくなれいなくなれと頭蓋の内で唱え続けた。そのうち日々の中でいなくなれと叫び出すわたしの脳、治しようがなかった。

わたしのこと笑わないでくれ。

わたしはお前に首を絞められたあの日から、ずっとずっと苦しい。苦しかったんじゃない、今が苦しい。この今こそが苦しい。わたしがぼろぼろになるこの様を笑わないでくれ。お前に笑われるためにこんなになってるんじゃない。

気持ち悪い笑顔。

あんなに気持ちの悪い笑顔はこれまでに見たことがない。舌でくちびるを舐め、歯を見せて笑う父の顔。めがね越しの小さな目。小さな小さな黒目。見開いた目。

父にいなくなってほしい。

自己解決しようにもできないじゃないか、だってわたしはいつもどおりに生きてたい。毎日学校でつまらない話をして笑って休日には遊んで勉強して月曜日を微妙な顔で迎える。それだけのことがどうしてできない？

痛くてしんどくて学校に行かずに、布団にくるまって無料公開されているアニメを見て勝手に悲しくなって、音楽を聴いて悲しい気分に浸って、遅刻して学校に行けてもノートを貸してもらって迷惑をかけてしまって、もう毎日が散々だ、生きていける自信がないよ。

施設に入ることがわたしにとってのしあわせか？母に酷い環境なんだぞと脅された施設に行くことがわたしのしあわせなのか？

わたしのしあわせは家族から逃げてほかの大人に助けられて生きる生活か？

それがしあわせなひとだっている。施設のほうがずっと環境が良くて、しあわせなひとだっているだろう。

でもどうして、酷いひとに育てられたわたしたちは、こんなに苦労して逃げてやらなくちゃいけない。わたしがいなくなってあのひとたちは変わるのか？

いつだって被害者はひいひい言いながらやっとのことで生きながらえるが、向こう側の人間はあたまを空にして生きていける。

わたしは親の首を絞めない。絞められない。警察にもいけなかった、数分交番の前で立ち止まり、家の方へ歩いた。

父と母にはどうせ警察に行かないと言われた。当たってたよ、家を出るそのときは喧嘩の録音が保存されたスマホをにぎりしめて、やってやるって気持ちでいた。母に散々言われた、もう戻って来れなくなるよ、父は仕事を失う、姉に恨まれるよ、もうこの生活はできなくなるよ。歩いて、歩いて、いざ交番の前に来て怖気付いた。これでなにも変わらなかったら。いや、なにもかも変わってしまったら。施設に入れられ、成人するまで出られなかったら。

ふと頭に浮かんだのはカラオケのことだった。好きな男の子と行くカラオケの予定のこと。行けなくなったらいやだな。

わたしの命をつなぎとめてくれるものはいくつかあるけれど、それはわたしが生きたいと死にたいとで板挟みになる原因だった。

好きなアイドルのこととか、考えていた。

いまあのひとが公園で寝ているわたしに声をかけてくれたら、どれだけ生きたいと思えることか。応援してます、あなたのおかげで父に暴力をふるわれてもこうやって生きていけるんです。あの番組のあのときに好きになったんです。これからもっと有名になって大きなステージで拍手されたとき、わがままですけど、わたしみたいなやつが沢山いるんだって思い出してほしいです。あなたが生きて、喋って笑って、歩いて走るそのひとつひとつが、わたしに生きようって思わせてくれるんです。重い荷物になってしまうかもしれないけど、知ってほしいです。

当然だれにも話しかけられないし、クラスのひとだって来ないし、雨が降ってきた。

幸い雨はあまりあたらないけど、今から帰るなら苦労しそう。